一休宗純から学ぶ人生の教え

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あなたもよくご存じのトンチのきいた一休さん(1394年~1481年)は、

室町時代に生まれています。

又同時期に親鸞聖人の浄土真宗を忠実に広めた蓮如上人(1415年~1499

年)とも親交があったそうです。

一休さんの句に次のようなものがあります。

襟巻のあたたかそうな黒坊主 こやつの教え 天下一

木彫りで彫られた像は、実は、襟巻であたたかい姿をした親鸞聖人の

事です。

この人の教えは、本当にすばらしい!と詠ったものです。

門松や冥途の旅の一里塚 めでたくもあり、めでたくもなし

正月になるとだれでもおめでとうございますと挨拶をしますね。

しかし、一休さんは、ちょっと違った見方をしています。

一日、一日が過ぎ、やがて一年が過ぎていく。

人生は、死へと向かっていく旅、確実に死に近づいているのだから

何がめでたいことかと皮肉って詠った句がこれです。

死ぬときは、誰もわからない。だからこそその日その日を大切に

しなさい。

とでも言っているようにも聞こえます。

都大路をがい骨をのせた杖でこの句を詠みながら歩いたそうです。

ある時お金持ちの人に初孫が、できたので、一休さんにおめでたい句

を書いてほしいと頼みにきました。

では、と書かれたのが、次の句です。

親死ぬ。子死ぬ。孫が死ぬ。

お金持ちの人は、「一休さん、縁起でもない。私は、めでたい句を

書いてくださいと頼んだのに」とがっかりしました。

するとこんなめでたい句は、ないと切り返しました。

「人の死は、誰も予想がつかない。子が、親より、早く亡くなったり

孫が先にいくこともある。

だから年を老いた人から順番にあの世にいけたら

こんなしあわせな事はないではないか。」とおっしゃいました。

まとめ

人生とは、小舟に乗って川下りをしているが、いつか訪れる死の恐怖

滝つぼに落とされる時が、やがてくる。

不安は、どんな人にもつきまとう。

何のために生まれてきたのか?

何故生きるのか?を死を見つめる事によって考えないといけませんね。

仏教では、このように真剣に死と向き合って生きる大切さを考えている人

の事をまじめな人と言うそうです。